『アイの歌声を聴かせて』を見てきた

2008年にやっていた『イヴの時間』がとても面白くて,さらにあの絶妙な空気感がとても好きで,吉浦康裕監督作品はそれ以降ずっと見てきた. 2013年にやった劇場版の『サカサマのパテマ』も,期待を裏切らない出来でとてもおもしろかった. アニメーター見本市も,アルモニも,実に吉浦康裕っぽさが出ていて良かった.

それに比べると,今回の『アイの歌声を聴かせて』は,普通だ.

吉浦康裕監督作品には,どこか不思議な謎があったり,それがちょっと不気味な設定だったりして,そしてそれが絶妙の空気感の中,最後まで明かされないという(あまり万人には受け入れられない)醍醐味があった. 最後まで謎明かしがされないからこそ,不思議な世界観というのが不思議な世界のままで終わることができていて,これはこれで俺は好きだった.そして,だからこそ絵として一番綺麗に見える世界を,現実世界と地続きにする必要がなく描かれていて,これが実に綺麗だった. そういう謎があるからこそ,話の展開がテンポ良く進み最後まで飽きずに見ることができる.というか今までの作品は釘付けになるように見ていた.

そして,謎を残したままだからこそ,世界を必要以上に広げないところが,俺はとても好きだった.「他の監督なら絶対ここで他国のニュース画面とか映しちゃうよ」というようなシーンで,無闇に世界を広げない. 設定もそこまで広く見せてこない,必要最低限の国や企業や人しか映さない.これがめちゃくちゃ良くて,外側の世界がどうなっているかわからないからこそ,謎は謎のまま進められるのだと思う.

ところが今回,がっつり最後に日本が映った.人工衛星から見た日本が映り,舞台がどこなのかまで映ってしまった.設定自体は,ギリギリ吉浦康裕作品っぽい世界観だったのを,最後に壊された気がした.これが一番がっかりした.不気味さはない,完全になくなった.

また,吉浦康裕監督作品には,独特の間がある.これは登場人物全員が「えっ」というような感じで止まったりするわかりやすい形で出てくることもあるし,そこまで露骨ではないけれど,画面を止めて間を作ることがよくあった.これがちょっとした笑いどころだったり,感傷に浸っていたり,カメラの一時停止を演出していたり,いろいろな使い方がされていたのだが,『アイの歌声を聴かせて』に関しては,これをあまり感じられなかった.

俺が今まで見てきた吉浦康裕作品の中では,この作品は数少ないスタジオ立花制作じゃない映画になる.J.C.STAFFという,今までおそらくあんまり繋がりがなかったであろう制作会社になっている. また,キャラクターについて言うなら,俺が好きだった作品はみな茶山隆介だったので,キャラクターデザインや作画監督による違いも大きいとは思う.だた,それらアニメーションの絵については突出して違和感があるようなものではなかったし,出来はよかったと思っている.

どちらかというと,今回は全体的に大衆向けに作られているような印象を受けた.絵も脚本も演出も,ペイル・コクーンからこっち,吉浦康裕作品で感じられたような独特の匂いがかなり薄まったように思う. もちろん,時間を長くして作画枚数が増えて,劇場アニメになると多くの人間が必要になる.だから,薄まってくるのは仕方がないのかもしれないけど,それでもパテマで良いと感じていたことが,今回は受け継がれていないように思えた.

題材ががっつりAIになったのは,今までの作品の流れからするとロボットやAIが出てくるのはいつもどおりだと思われる.ただ,若干昨今流行りのAIブームにのっているような感じがしてしまって,やはり不気味な謎ではなく,現実的な機械学習の積み重ねをやっているようにしか見えなかった.

脚本を大河内一楼と共同にしたからなのかもしれないが,上記のような吉浦康裕っぽさが削られて,一般大衆向けのアニメ映画になっている.むしろ清々しい青春ものっぽささえ感じるのだが……

違うんだよなぁ.俺が吉浦康裕作品に求めていたのは,青春っぽさであってももっと不気味で生々しい青春ものなんだよなぁ.

そして,その割には劇場に人が入ってなかったので,この映画大丈夫か……ちょっと心配になる.