情報処理学会の方が、呼んだ人間が面白かった

数か月前に後藤と賭けをした。

「先に内定もらったほうが奢る」

俺たち、柳田研は対後藤に関して、賭けで負けたことは一度もない。

いわば勝率100%で、そういえば俺たちは後藤に何か奢ったことは一度もないのだが、後藤にはえらくおごってもらった気がする。

だから、もしかしたら、後藤が内定もらえるまで、俺たちは全員内定もらえないのかもしれない。

つまり、次こそはフグか。

まぁ柳田研といえば、3人で打ち合わせ一切なしに、英語の点数を49、50、51と揃えられるくらいのツワモノなので。

やっぱりフグしかないな。

さて、

先日うちの教授がついに言った。

情報処理学会に負けた!映像情報メディアに出たときに表紙まで変えておけばよかった!」

何を隠そう、バカ売れした初音ミク表紙の情報処理学会誌のことです。

実は1月の映像情報メディア学会誌の冒頭が、初音ミクの話で、うちの教授とクリプトン・フューチャー・メディアの人との対談が載っていた。

表紙がいつも通りだったからなのかよくわからないけれど、特別売れたわけではないと思う。

ところが、初音ミクを表紙にした情報処理学会誌5月号は、Amazonで完売するとかいうわけのわからない事態になっていた。

これもイメージ戦略なのかもしれないが、まったく関係なしにこの学会誌を買ったり、このニュースを見たりした人がどう思うのだろう。

多少なりとも中身を知っている人間に言わせてもらえば、そういう変化球が好きなのは映像情報メディアの方かと思っていたし、技術的な話をしているならともかく,キャラクターを表紙にして、初音ミクの話ができるような学会誌ではないと思っていたのだけれど。

だけど、こうしてバカ売れしてニュースになってしまえば、情報処理学会というわかりやすく情報系の人たちが愛好していそうな集団は、初音ミクを表紙にしたりするような、二次元キャラに毒された人の集まりに見えるし、そういうものをまじめに語りたがる集団に見えていることだろう。

これはなにも、初音ミクというものを最近知った一般人だけの話ではなく、初音ミクを昔から知っていたオタクの人であっても同じことだ。

そういう偏見を持ち合わせた状態で読んでみたのだが、これが意外と面白かった。

うちの教授などは対抗心なのかなんなのか、まったくよくわからないのだけれど、「私が話してたやつの方が面白い」と言っていました。

いやいや、確かに技術的な話がメインになってしまえば、どっちも大差ないだろう。

はっきり言って、音声合成技術の説明についてはさすがに学会誌らしく、数ページ載せているのだ。

だけれど、初音ミクというキャラクターの流行に合わせて、なんと濱野智史まで記事を載せていた。

それも初音ミクの話をしているのではなく、主にニコニコ動画の話をしていいる。

俺はもう以前に聞いたことがある、ニコニコ動画がライブに参加している感じを演出し、時間を止めて全員が同じ時間を共有できるという話がメインだ。

初音ミクについても少し触れていて、おおむね俺は同意見なのだけれど、東浩紀のいう「データベース」に合致している。

今回の記事はどちらかというと、後半のニコニコ動画を主体にした話の方が面白い。

確かに初音ミク著作権に関しては目新しい項目なのだが、どうも中途半端であることに変わりはない気がする。

確かにニコニコ動画という土壌でならかなり二次創作が増えていたのは確かなのだけれど、いまいち中途半端な気がしてしまう。

というのも、音楽的な二次創作は多種多様に行われていて、そこに費やされるイラストとしての消費は、二次創作であれN次創作であれなされている。

だけれど、二次創作の世間的に見ると、それほど大きな、というのも著作権に関してえらく目新しい項目を入れたにしてはさして大きくない位置づけである気がしてならない。

いってしまえば、ニコニコ動画内では相当流行っているのだけれど、ひとたびその垣根を出てコミケにでも行こうものなら、同じくニコニコ動画内で一大ジャンルとして存在する「東方」には及びもつかないほど脆弱に見える。

それでも、近年では一般世間に出回ってきて、学会誌ももちろんそうなのだが、CMに起用されていたりする。

しばしば、俺たちオタクは自分の信じる(ある意味宗教的な)キャラクターが、外界に出て行って世界を変えてくれるような願望を持っている。

初音ミクというキャラクターがどうの、という話は別にしても、音声合成という技術が世の中に出回って行って、歌というものを変えてほしいと思うのかもしれない。

実際、そういうことを考えている人は多く、今後初音ミクのようなボーカロイドによる歌がどんどん増えていくという人もいる。

だけれど、これが依然としてオタク文化の上に成り立っていることは否定できないし、ニコニコ動画なしではここまで来なかったことも間違いない。

初音ミクというソフトウェアにしても、DTMをやっていて、なおかつこういう文化に嫌悪感を抱かない人が一番支えになっている。

俺は相変わらず、電子音というやつがあまり得意じゃなくて、DTMなんてものもよくわからないし、周りにやってるやつも少ない。

だから、キャラクターとして初音ミクが流行るのはよくわかるし、それ自体は嫌いではないのだが、音声合成によってできた声で歌われた音楽に対してまったく興味がわかない。

どうも、DTMをやっている奴らがえらく気にしているだけで、そうではない音楽やっている人は、そもそも興味がないように見える。

初音ミクというデータベースを共有するオタク文化圏の中ではそれが流行るのは当然なのだけれど、どうも価値観が違う集団で、データベースが共有できていないように見える。

だから、DTMというものの発展ではすごく重要なことかもしれないし、今後えらく発展していくのかもしれないけど、それが歌という今まであった世界を侵略してくるようなことは、なかなか想像できない。

おそらくそれは、産業的なものがどの程度乗っかってくるかによるのだろうけれど、コミックマーケットがいまだにエロいものばかり並べているのと同じように、価値観を共有するもの同士での盛り上がりを超えることがなかなか難しいように思えた。