まだ読み切ってない一般意志2.0

最近,主にtwitterでのことだけど,俺が岡田斗司夫だとか東浩紀のことについて発言することが結構多い.
分からない方々,すみません.

最近「一般意志2.0」という本を読んでいて,これがまぁ面白いんです.
http://tinyurl.com/6w4nao5


この人たちって,みんなオタクなんですよ.
俺は自分でも相当オタクだと思うし,周りの人たちもオタクだと思っていることでしょう.
オタクはオタクな先輩にあこがれるんですね.


一般意志2.0というものの中身の説明ではないですが,

たとえば,政治のように手続きも処理する情報量も膨大で面倒なものは,すべてgoogleに任せてしまおう,という発想です.
興味を持った方は是非調べてみてください.

この国はリーダーや,政党を挿げ替えるだけでは何も変わらない状態にまで来ている.
それは○○党が悪いとか,そういうレベルの話ではない.

一般意志2.0が上手く機能するために必要なのは,一般意志を具現化すること.
それと一般意志というものをできるだけ多くの人が知って,そこに参加していることだと思う.

 

さて,
ちょっと硬い話から入ったのでもう少し柔い話をしましょう.

本当は,小中学校の1クラス35人制について言いたいことがいろいろあったんだけど,それもまた硬い話なのでそのうちするとして.


みなさん,絵,描けますか.


俺はあんまり描けないです.
ただ別に絵を描くのが嫌いとか,そういうわけではないです.
そもそも小学校ではかなり絵を描く機会って多いでしょ?
なんかよくわからないけど,どの授業だったか全然覚えてないような授業で,絵を描く機会が普通にあった気がする.
中学校のように美術というきっちりしたくくりじゃなくて.

そういう意味で言うと,たまに賞を取るくらいの絵は描いた気がします.

でもね,それって別に俺が絵が上手いわけじゃないんですよ.
それは俺が日本人で手先が器用なのと,ちょっと空間把握能力があるだけです.

空間把握能力は昔から結構あると思う.
地図を読んだりするのは,山に行ったりすることが多いので,かなり慣れているし.
そこから実空間の構造を推測するのは結構得意だと思う.

だからあんまり駅で迷ったりとかはしない.

日本人が手が器用なのは,これは漢字だと言われている.
我々は小学校のときにシャーペンや鉛筆を持たされ,強制的にものすごい量の漢字を書かされる.
別に文章を書いているわけではなく,漢字練習帳を埋めるのだ.

これがもうどうしようもなく日本人を器用にさせている理由だといわれる.


もちろん国籍関係なく,「ものすごく絵が上手い人」というのはどこにも存在する.
同じように「どうしようもなく絵が下手な人」というのも存在する.

だけど,日本人というやつは,この中間層に分類される人間がものすごく多い.
俺も,多分「どうしようもなく絵が下手な人」ではないと思う.
いや,声優がお絵かきする場面とか見ていて思う(あんまりよくないですね).

だけど,俺は別に絵が上手いわけではない.
たとえばテーブルの上に置いてあるものとか,風景とかはよくかける.
だけど,目に見えないものはまったく描けない.

多分,ここ22年ほど生きてきて,そういうのは適さないということがなんとなくわかっている.

 

 


そして最近たまに聴く言葉で,昔はあまり聞かなかったことがある.

「夢をあきらめることを教えるべきだ」というような話.

俺が聞くような話だから,アニメ監督だ.アニメ関係者以外の話はそもそもあまり聞いてない.


これはアニメが文化に昇格するか,というような話を,高専時代の指導教員と話した時に出てきた副産物のような話なんだけど.

おそらく今のままではアニメは文化に昇格できない.
文化に昇格するために必要なのは,夢をあきらめる人を増やすしかないのだ.

アニメのように,基本的に予算がかかりまくる上に,流通するときには実体があるものではなくなる,というようなコンテンツを売る.
今,アニメはこのコンテンツをいかにしてマネタイズするかを考えている.

だけど,文化に昇格するときに,このコンテンツをそのままマネタイズするという考え方を捨てないといけない.

なにを言っているか,つまりアニメだけで食っていけるアーティストの数を大幅に減らす必要がある.


アニメを職業として食っていける,アニメだけやっていれば食っていける人間の枠が,今は実質制限がほとんどない.
だから,「アニメーターをやると食っていけない」というような話になる.
そもそもコンテンツを生み出すことで食っていける,クリエイターの数なんて限りがある.

アニメというのは今や日本のオタク産業の一環としてものすごい資産を持っているように見えるから,なんかよくわかりにくい.


ここはたとえを借りよう(おそらく枠数が定まっているものが一番わかりやすい).

プロ野球選手というのは,どうやったらなれるだろうか.


縛りは簡単だ,プロ野球のチームに入れればいい.
逆に,どんなに高校野球で活躍しても,プロ野球のチームに入れなければ,おそらく日本国内で,野球だけをやって食っていくことはかなり難しい.

つまりプロ野球選手を目指す人たちは,プロ野球のチームに入れなかった時点で,野球だけでメシを食っていく人生をあきらめなければならない.

 

ここがないのが問題だと言っているのではないだろうか,あの押井先生はw


今,アニメの世界は幅がかなり広い.
もちろん正社員でアニメ会社に勤めている人も大勢いる.
しかし,フリーで,1アニメに携わる間だけお世話になる人も多い.

そして,別に仕事がないわけではない.

アニメの専門学校を出てアニメーターになろうとして,「はて,仕事がなくて食っていけないや」だったら諦める人も結構いると思うんですよね.
そうじゃない,あろうことか仕事は結構あったりするんですよね.

だからアニメ会社に正社員で入れなかったから,アニメーターになるのを諦めなければいけない,というわけでもない.
アニメ会社に入っていても,ここまでできなかったから,アニメーターになるのをあきらめなければいけない,という線引きもない.


そして一番最初に言った通り,日本人というのは絵がそれなりに上手いヤツが大量にいる.
だから,うっかりアニメーターになれそうな人が,かなり多いんだと思います.

 

これがアニメがなかなか文化になれない原因のひとつなのではないだろうか.


諦める人が増えることによって,アニメは何が変わるのか.
今はなにもわからない.
けれど,先だって文化として成立しているものたちは,みんなこの構造を持っているように思う.

非常に近いものとして,本がある.
たとえば小説家なんてのは,職業としては割と芸術家に近い構造をしている.

なんでもいい,とにかく文章を書いて,どこかに応募して賞を取る.
そうして知名度を上げて,あとは順々に本を出していくしかない.


この構造って,たとえばピアニストなんかは非常に近い.
どんだけすごい芸大に行っていたとしても,ピアノを弾くだけで食っていける人間というのは本当にごくわずかだ.
どうやって食っていくかというと,ピアノを練習するのは当然として,コンクールに出る.

何位とは一概に言えないけど,こういうコンクールでいい順位を取って知名度を上げる.
若いうちにそうしておくと,あとはコンサートやCDで生きていける.

そこに入れなかった人は,みんな諦めるんです.


アニメもクリエイターという人たちにが作るものだ.
そういう構造をした職業で,おそらく文化になる際にはそういう構造をしているものだと思う.

 


最後に,
この話は依然このブログでも書いた・・・

と,同記事をmixiに載せておいた際についたコメント
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1798236500&owner_id=3077947

そして「なんでコンテンツにカネを払うのさ?」
http://tinyurl.com/c25892a

をもとにして書かれています.