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自転車に乗っている、一瞬無駄とも思える時間は案外大切だった。

日記

最近、俺は自転車に乗っていない。

かつて、俺が群馬に住んでいたころ。

そして大学に行っていたときも、通学は自転車だった。

大学は別に電車でもよかったし、時間も大差なかったのだが、自転車で通っていた。

しかし、この4月からは自転車で通ったりすることがなくなった。

自転車に乗っている時間は、一見すると無駄だ。

自分で動力を生み出すため、ほかのことが何一つできない。

電車でできる、本を読む、寝る、音楽を聴く、どれをとってもできない。

だから、一見すると、たとえば30分の通勤時間を自転車にすると、30分が無駄になっている計算になる。

でもこの時間が、意外に良かったと最近思う。

自転車に乗っているときは、基本的に何か考えている。

最初のころこそ、道が分からなかったり、学校に遅刻することを心配したりするものだが、慣れればそんなことはない。

そうすると、大抵道路のことや自分が自転車をこいていることをあまり覚えていない。

考えることは様々だ。

研究のことだったり、人間関係だったり。

そういうことで、なんか落ち込んだり悩んだりするときは、考えながらうっかり別の道を走っていたりする。

それはそれで、いい気分転換になるし、頭が整理される感じがする。

別に何かを片付けたわけではなくて、なんか虚しかったり悲しかったり嬉しかったり疲れたりするだけなんだけどね。

よく、行き詰るとなにか運動をする人がいる。

それに非常に良く似ていて、行き詰らない雨の日は最悪なのだが、晴れている日や夏の夜というのはなかなかに効果がある。

「終わんないなぁ」「明日やばいなぁ」と思いながらも自転車をこいで家に帰ると、結構すっきりしている。

明日やることもわかっているし、何も考えずに寝られる。

ちなみに、朝自転車をこぐというのも効果的で、実に目が覚める。

「あぁ、今日寝不足だわ。1限目寝よう。」と思っていても、30分ママチャリをこいで学校までつくと、それなり暑い。

心臓はよく動いているし、若干汗もかいている上に、考え事をしてきている。

そんな状態で寝られるわけがなく、結局朝の起動を早めてくれる。

電車でも意識すればできるのかもしれないが、なにしろ自分から動いていないので眠い。

あと、人が周りにいっぱいいる状態だと、あまり考え事には向かない。

やはり、なにもすることはないのだがとりあえずこがなきゃいけない、という状況が一番いいのだ。

考えても見れば、中学校、中学校はもちろん歩き。

高専は7年間の自転車。ちょっとだけ車のときもあった。

東工大は2年間の自転車。

なにもせずとも目的地に着くという乗り物にお世話になることが、ほとんどなかった。

これはこれで、何か生き難いものを感じる。