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ようやく東さん家入さんイケダさんの対談を見た

東浩紀×家入一真×イケダハヤト対談『評価経済時代の個を考える』
http://www.ustream.tv/recorded/23399417


ようやっと見ました.

うーん,あまり面白くはなかったかなぁ?


まず,東さんについて,俺はせっかく学費払ってるんだからいい加減授業に出ようと思って虎視眈眈と狙っているんだけど,東さんの授業はあんまりないんですよね.
まぁ東工大では,そんなにいっぱい授業はもってないので仕方ないし,後期になればあるかなぁ?と思っているんだけれど.
なのでまだ直接話しているところを見たことはないです.

ただ,テレビとかニコ生を見ている限り,乗り気の時はかなりまっとうなことを言っているイメージがある.

 

さて,今回の対談があまり面白くないというのは,東さんが自分の立場をまったく捨て去らないので,「本心で言うなら目の前にいるこの二人の生き方は面白いと思う」というのが見え隠れしつつも,「いや,なんか僕は評価経済とかあんまり推し進めない」という主張を守り抜いている.
だから「個人の可能性を話すときと,社会の可能性を話すときはきっちり分けなければいけない.」と言っている.

「これからの社会がこうなるから」→「僕たち個人はこうすればいい」というのを同列に語るのが,自己啓発っぽいと言っている.

いや,それは多分東さんレベルの発言力(影響力)を持つ人が,たとえこういう対談だったとしても,発言する言葉っていうのはもう個人向けではない,ということなのではないかなぁ?
2人相手に対談しているようなときの発言でも,東さんの発言というのは「社会に向けた」発言になってしまうから,たとえば目の前の家入さんに対してはいろいろ言ってほめたりはできるけど,じゃぁ会場にいる人とか,ネットで見ている人に対する答えとして評価経済を推し進められるのか?不安なのだと思う.

 

また,「月収15万で満足」という現代の若者について,東さんは嫌いだと言っている.
例に出していたのが古市さんみたいなタイプの人の話なのだけれど,これがなぜいやなのかということも話していた.

若いうちはそれでもいい.それで幸せなら,楽しければそれでいい.
だけれど,歳を取ってくると人を育てたくなる.それは子育てという意味合いもあるし,単純に自分の後輩みたいな,仕事的な付き合いのことも両方.
そういうことを考えたときに,自分ひとりであれば生活コストを抑えて生きていくのもいいかもしれない(勝手にすればいい)けれど,たとえば自分で会社を作って社員を育てるという話になったらその人たちに給料を払わなければいけない.
自分が育てたい奴の生活の,最低限の保障をしてあげなきゃいけない.
だから,そういうのは歳を取ればわかるだろう.


というのが東さんの主張.

これについては,「そこまで面倒見る必要があるの?」と思う.
おそらく,FREEexのシステムって,まったく社員の最低限の生活保障とかしていないよね(たぶん).
自分が社長になって社員を雇って育てる段階になって,じゃぁその人にカネを払わなきゃいけないんだろうか.
もしかしたら,これは社長の考え方の差異だけの問題なのかもしれないけれど.

ものすごくしっかりしたシステム,たとえば家庭とか会社っていうものを絶対に作らなきゃいけないわけじゃないと思うんですね.
育てたいと思って,そりゃ一番効率のいい方法が仕事をすることだったりすることも十分あるわけです(ジャンルによるのだろうけど).
でも,それを実現するのにそんなしっかりしたシステムを守らなきゃいけない,と思うと,東さんの言うとおり「そんなことができる奴はごく少数」になってしまう.

東さんは,「社会全体に向けて」いうことだからこう言うしかないのかな.
そういうでっかいシステムを作るうえで,一番俺たち個人側に近そうなものを考えた結果が,一般意志2.0なのかな.

でも,大きくてしっかりしたシステムって,なんかもう俺たちの手の届かないところで勝手に決まっていて,そんなものに期待するより7月までにレバ刺しを食べに行くことの算段をする方がよっぽど期待がでかい.
ダウンロード厳罰化の話も,消費税増税の話も,もう社会全体向けに作られるシステムが生み出す結論は,俺たちが期待するところなんかまったくなくて,どれもこれも選択肢がなくなった状態で仕方なしに選ばされている感が否めない.
ちょうど,選挙に行ったけど別に投票したい人が一人もいない状態で,行かなければ行かないで,親にいろいろ言われるのと,同じ状態だ.


もう俺はそんなでっかいシステムにはあまり期待できないんだよね.別にもっと小さいもので作った方が自由度が高くて楽しそうじゃない.
studygiftのことでも,東さんだって「もっとフォロワーが少なければ成功した」と言っていたじゃない.そういう小さいものがいっぱい出てくるのが評価経済なのではないの?
だとするなら,むしろそのサイズで上手く回るものを作るべきで,そのバリエーションはいろいろ増やしていけるんでない?