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さようなら、絶望先生

絶望

みなさんさようなら。

本日発売のマガジンを持って、われらが心の支え『さよなら絶望先生』は最終回となりました。

「アニメはないけど」という枕詞がかなり心残りですが、8月17日に単行本の最終巻も発売です。

アニメがないということは、望みはもう絶たれた、『さよなら絶望放送』復活。

アニメを3期もやってくれて、合間合間にOADも発売しながらで、その間ずっと続いていた絶望放送

せめて4期があれば!と願ったのもむなしく、アニメがないということは、絶望放送もない。

だんだんと決め台詞の「絶望した」の出現頻度が低くなっていましたが、最終回ではちゃんと決め台詞を決めてくれます。

絶望放送のおかげでサントラを聞けばステーションコールを思い出し、おっぱいマーチを思い出し。

今ではちゃんと、漫画内に書いてある歌詞をカフカの声で脳内再生できるようにまでなりました、トロイメライ

絶望関連としては、いつも通りアニメから入ったのですが、第1期の放送が2007年の夏くらいだったので、まるまる5年くらいお世話になりました。

本当に、さよなら絶望先生、ならびにさよなら絶望放送によってどれだけ救われたニートがいたことか。

俺たちは、自分たちでいくら絶望していても救われない。

そんなことをいくら自分で叫んだって、誰かに聞かせたって、言ってる自分はまったく救われないし非難されるだけだ。

そんなところに文句ばっかり言って、絶望ばかりしていると、「口で文句ばかり言って」と非難されることばかりだ。

だけど、それを誰かが代わりに「絶望した」と言ってくれるだけで、だいぶ救われる。

それで自分は死んだりできない。

でも、身長伸ばしたくなったって(隠語)代わりに先生が首を吊ってくれていて、それに飛びつくカフカがいるだけでだいぶ救われる。

ある意味幸せではあるんだけれど、全然幸せそうには見えない。

でも、そうやってなんにでも「絶望」できて、身長伸ばせることには憧れる。

もちろん、絶望先生とはそんなに暗いマンガでもないし、シリアスな物語ではない(多分)。

千里に関してだけ、どうも否定しにくいところもあるけれど。

でも、それだけ絶望していながら、笑わせてくれるから、俺たちは救われていたし、たとえ憧れても身長を伸ばそうとしたりなんかしない。

それがもっともいい形で救ってくれていたのが、絶望放送だったと思います。

あそこの基本コンセプトは、「面白い失敗談」なんだけど、絶望先生のコンセプトとしてそこで読まれた側もかなり救われるから。

それに、あの「誰も得してないのに、ひたすら面白いものを作ろうとする」同人ラジオのやり方というもので、かなり笑えるものになっていたしね。

お疲れ様でした。

絶望先生のおかげで楽しい数年間でした。

これでも久米田先生はじょしらくの原作があるけど、前田さん(MAEDAX)含むアシスタントさんは次回作まで大変ですね。

さようなら。